怖い話

冝保愛子さんの霊視~フランス革命の嵐のなかで・マリー・アントワネット

冝保愛子さんの霊視は続きます。マリー・アントワネットの黒い片方だけの靴を見ていると…聞こえてくるのはフランスの時の群衆の声、声です。ベルサイユ宮殿に押し寄せた群衆のどの顔を見ても、マリー・アントワネットがこのフランスをここまで腐敗させたと、信じ込んでいました。

国王とマリー・アントワネット、一部宮廷貴族だけで、どうしてこの、凄まじい群衆に立ち向かうことができたでしょうか。哀れなことに、マリー・アントワネットは嫉妬と陰謀によって濡れ衣をきせられ、その身を守ることができず、絶望の淵へと追いやられてしまったのです。

「それは誤解です。私の話をきいて!」と叫ぼうとしてしても、この巨大な力から逃れることはできなかったのです。彼女は群衆の襲来から逃れるとき「いったいなぜ陰謀に巻き込まれてしまったのだろうか」と思っていたのです。

一家はこのためにフランス王制のシンボルだったベルサイユ宮殿から、チュイルリー宮殿に移され、幽閉生活を送ります。そしてある夜、二人の子供と夫と、荷台の馬車で宮殿から、そして民衆から逃げていきました。

揺れ動く馬車のから夜空の星をながめながら、彼女は今までフランスを愛し、そしてフランスを発展させていこうと思ってやってきた自分の努力がそんな形で結末を迎えたことに対し、深い悲しみをあじわっていたのです。

私はどんなになろうと、たとえ群衆にころされるようなことがあっても、今ここにいる子供たちだけは無事に生き延びてほしい・・彼女はそんな思いで胸がいっぱいになっていました。逃亡の途中、マリー・アントワネットの家族はとらえられ、数か月後はタンプル塔に移されました。

苦しみに満ちた幽閉生活で、王制も廃止され、彼女は夫ルイ十六世に続き、38歳でギロチンにかかってしまったのでした。

この世を終えたマリー・アントワネットの魂はどうなったのでしょうか?私は死後のマリー・アントワネットのことを、霊視によって知らされました。

1793年10月16日の昼のことです。断頭台に登るとき、マリー・アントワネットには、もはや死に対する恐怖はまったくありません。ただ、ひたすらタンプル塔に幽閉されているあいだに引き離されてしまった、8歳の次男、すなわちルイ・シャルルのことを考えていたのです。「息子だけで生き延びてほしい・・・」

鋭い音をたてて、彼女の首の上にギロチンが下ろされました。アントワネットの首が、死刑執行人の手で群衆に披露されたそのときです。彼女の目がきっと大衆をみさだめました。それは数秒続きました。これはマリー・アントワネットの肉体がフランス国民を最後にみた瞬間でした。

やがて彼女の魂はゆったりと自分の身体をはなれ、今処刑をされたばかりの白い衣類に包まれた自分の身体をみたのです。そして彼女の魂は、優しいまなざしで立っている母マリア・テレジアの姿を見ていました。

フランスに嫁してから、ずっと会いたいと願いつつ、13年前に亡くなった母に対する切ないまでも思慕の情が、彼女にはグッとこみあげてきました。重量感のなくなった肉体は軽く、アントワネットはその場に立ちました。

無言のまま母から差し出された右手に、そっと自分の左手をのせて歩きはじめてのでした。目の前の群衆もいなくなってしました。はだしで歩く土の感触が現実感があるのでした。母と積もる話をするわけではなく、行き先が決まっているかのように、足は自然に進みます。幼い息子のことを考えてしまうマリー・アントワネットは霊界を歩いていて、自分の意志とは関係なく進むのでした。

私は息子のシャルルを心の中で、こうつぶやいていたのです。「私は息子のシャルルをこよなく愛していました。あの子と別れるのは、どんなことがあってもできない・・・息子の髪の毛と私の髪とを一緒に三つ編みにしてブローチをつくり、私はいつもそれを大切に持っていました。

考えてみれば夫も本当はいい人だったわ。寛大な人だったわ。何も悪気のない人でした。でも空気みたいな人でした。いい人だとわかっていても、心の底から愛することができませんでした。本当にごめんなさい。来世は私より、もっと愛してくれる人とけっこんしてください。

王女のマリー・テレーズはしっかりした子なので、不憫でなりません。私と別れるときに、泣くのを歯を食いしばって我慢してくれました。神よ、シャルルとマリーをお守りください・・・

私はこの子供たちと、来世ではどんな形でもいい。血縁関係を結びたいのです。たとえ貧しく、質素な生活でも、あの子たちと暮らせるならば、ほかに私は何を望むことがあるでしょうか?

母マリア・テレジアも、きっと娘の私に対して、そう思ってくれていたでしょう。私は母からなんと深い愛を、受けたことでしょう・・・

マリーアントワネットは愛ある人。優しい人。そして悲しい人でした。大きな時代の波にもてあそばれた悲劇の人でした。彼女は浪費家で、遊び好きで、国民の大切な税金を自分の贅沢のために、使い果たしてしまった悪女だと、言われ続けてきました。

本当の彼女のことを理解されることが、たとえ、一人・二人増えていけば霊界のマリー・アントワネットの魂はきっと安らかになっていくに違いない。そう私は信じています。

マリー・アントワネットの最愛の息子ルイ・シャルルは病死説が一般的なようですが、冝保さんの霊視によると、彼は無事生き延びることができたのです。タンプル塔の牢の中で、監視人兼家庭教師だった靴屋のシモンによって、塔から逃げられたシャルルは、助けられた人によってドイツで10年余り暮らしました。

親戚の子供として、彼は教育もうけ、りっぱな青年に成長することができました。すっかり身元も分からなくなり、フランスにもどっても心配ないということがわかってから、彼は羊飼いに身を隠して帰国したのです。

姉のマリー・テレーズは人質と交換に、タンプル塔から釈放され、王族のひとりである従妹と結婚、マダムロワイヤルとして、知られていました。マリー・アントワネットが願っていたとおり、二人は新しい人生を始めることができたのです。

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