怖い話

マリー・アントワネットとルイ・オーギュストの結婚~霊視・冝保愛子さん

マリー・アントワネットがついにフランスに向かって出発する日がやってきました。長い旅路を終え、コンピエーニュの森ではフランス王族が待ち受けています。

冝保愛子さんの霊視は続いていきます。この時、マリー・アントワネットは初めて皇太子ルイ・オーギュストに出会ったのです。その姿を一目見た時、彼女の頭のてっぺんから足の先まで、ゾ~ッとする冷たいものが流れていきました。

夫となる人の姿は、思ってもみないものだったのです。ブクブクと太り気品の感じられない姿。彼女は悲嘆にくれるのでした。自分の気持ちを必死になって、抑えなければいけない。じつはこの結婚はフランス王室の強い要請によって成立したものでした。

オーストラリア大使から送られてきたマリー・アントワネットの肖像画を目にしたフランスの国王ルイ十五世はアントワネットのことが大変気に入り、政治的なこともあり結婚をもうしこんだのでした。

初めてのフランス。それは自分の国よりも緑が少なく、オーストラリアの深い住み切った青空とは、まったく異なっています。父親代わりの祖父、ルイ十五世は大変立派な感じのひとで、好感のもてる人物でした。

それに対し、皇太子はどう感じているか、わかりません。「この人を夫として愛することなんかできない。どうしたらよいのだろう」こんな気持ちを持つマリー・アントワネットにとって、他人行儀に接してくれる夫の態度が、実は唯一の救いであったのです。

マリー・アントワネットはテーブルスプーンが好きでした。それらの品をおしゃれにもちいて、趣向を凝らすことが好きなのです。

彼女のカラーコーデネイトも抜群でした。皇太子の妹エリザーベート公女も、その趣味の良さに圧倒されていました。それに刺激され、しもじもの貴族の女性たちにも広がっていました。冝保愛子さんはここで言っています。

この後、問題になったようにマリー・アントワネットはおしゃれのために、新しいものが次々と購入され、けたはずれの国費が使われたという訳ではないということです。おしゃれのセンスのあるマリー・アントワネットは、洋服の衿元をかえたり、レースをつけたり、また髪飾りを洋服の色に合わせて工夫しました。

それが宮殿の女性たちには、彼女がいろいろな洋服をつくらせ、毎日着飾っているようにみえたのです。母は国民の税金の大切さをきちんと教えていたのです。

太陽王と言われたルイ十四世の後、ルイ十五世信望をあつめていました。とはいえ、国家財政はとうに火の車で、国民の不満もくすぶり始め、革命の足音はひたひたと迫ってきているのでした。

絶対的な権力をふるっている国王ルイ十五世、その後継ぎの皇太子の妃であるマリー・アントワネットは国王に気にいられていたので良かったのですが、国王の愛妾のデュ・バリー夫人は卑しい職業でありながら、ずうずうしくふるまっているのは、許せないことでした。

そして色彩がみごとにコーディネートされた部屋の中心に、洗練されたマリー・アントワネットが立っただけで、彼女の格別な美しさはめだって、一部の女性たちから嫉妬されたのでした。

しかもマリー・アントワネットは白黒をはっきりとしたい性格の持ち主でした。それゆえ、だんだんとまわりが敵か味方にわかれていったのです。夫は空気のような人でした。それでも、だんだんと「この人は憎めない人、本当はとてもいい人」なのだと思うようになりました。

しかし彼が政治になんの興味を持っていないのについては、実に不思議なおもいをしました。皇太子がルイ十六世になったとき、国王は二十歳・王妃は十九歳という若さでした。しかし子供のような未熟な夫に、ウィーンに帰りたいと思うこともしばしばでした。

マリア・テレジアはそれを察して、兄を訪問させ夫と話してもらいました。結婚して七年後、子供を授かりました。冝保愛子さんは言います。博物館の好意によって、マリー・アントワネットの使っていた品々を手に持つことが出来、長いあいだ、大事に使用されたことをしったのです。

しかしあまりにもセンスが良かったために、周囲の人たちにマリー・アントワネットは大変な浪費家であり、お金を使ってたいへんな浪費をしていると、思いこまれていたのです。

マリー・アントワネットからも「私はこのスプーンをお嫁にきたときから、ずっと使っています」とメッセージを受取り、確信したそうです。王妃となって、まもなく、プチトリニアンを改修しました。湖のある田舎風の庭園は、彼女の寂しい心を癒してくれる場所になりました。

母親にうり二つの、次男ルイ・シャルルは美しい子供でした。呼吸器が弱かったため、徹夜して看病することも、よくありました。夜、自分の寝室から子供のベッドに足を運び、そっと自分の額を彼の額に当てて体温をはかることも、しばしばでした。

彼は良く鼻血をだしました。健康に良い食べ物を我が子の食卓に出すよう、料理番に配慮をしていました。このように次男であるシャルルは、一日として親の手が離れることはありませんでした。

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