怖い話

冝保愛子さん・愛と悲しみの霊たち~美しく哀しき人・マリー・アントワネット

冝保愛子さんの世界の有名人の霊視した「愛と悲しみの霊たち」の本の中でマリー・アントワネットがでています。フランス革命、ギロチンなどのイメージがうかびます。まるで小説のように、マリー・アントワネットの人生が霊視されています。

マリー・アントワネット・・・なんと美しい女性だったことでしょう‥大好きだったスカイブルーのドレスを身にまとい、白くすきとおる宝石のような顔に、かすかな微笑がうかんでいる姿が、今も私に浮かんできます。

1993年2月マリー・アントワネットの品を保管している博物館で、非公開の片方だけの黒い靴を、冝保愛子さんは霊視をしていました。

靴はうすい絹の布でできています。足首のほうはわりに広く空き、甲の部分はドレスの衿元をおもわせるような優雅なひだがついています。ヒールの材質は象牙でしょう。かかとの上端は絹のほそい糸で飾られています。

靴のとがったつま先をじっと見つめていると、大勢の人々のざわめきがかすかに聞こえてきました・・・

つづいて古びた靴が、うつくしい艶のある華麗な靴にかわりました。つま先とかかとには、ちいさな宝石が光っています。そして細くてきっしゃな足の、あかちゃんのような柔らかい足に、大好きだった靴を履き、ブルーのドレスを身にまとったマリー・アントワネットが目の前にあらわれたのです。

群衆がルイ十六世と王妃マリー・アントワネットらを、倒そうとベルサイユ宮殿に津波のごとく押し寄せている、フランス革命のときの、凄まじい光景がひろがっているのでした。

 

マリー・アントワネットの生涯を霊視していくのでした…オーストラリアのウィーン郊外にあるシェーンプルン宮殿、うつくしい音楽が鳴り響き、舞踏会が繰り広げられている情景がうかびあがってきました。広い部屋からは美しい庭がみわたせます。

きかざった人々の中で、ひときわ美しいマリー・アントワネットの母、マリー・テレジアでした。彼女のわきにはアントワネットの他十人ほどの、兄弟姉妹がならんでいます。末娘のマリー・アントワネットをマリア・テレジアは優しく見つめています。

上気した顔にはほんのりとピンク色の頬・・今も残る肖像画に描かれている美しさは、けっして誇張ではないのです。ほかの姉妹たちと少し違って、マリー・アントワネットはどちらかと言うと気丈でした。嫌なものは嫌、はっきり態度にだしていたように見えます。自分はどうすればいいのか、じっくりと考え込むタイプでした。

マリー・アントワネットは外に出ることをたいそうこのみました・どんな寒いときにも、雪景色にすっぽり覆われてしまった野山を駆け回ることが大好きでした。マリア・テレジアは女の子たちの日々のしつけに気を使っていました。将来誰と結婚しても困らないように、女性のやるべき仕事や習い事などは、語学の次に大切なものとみなされていました。

おやつの時間のわずかのコミニュケーションがのちに大きな国益になりました。母と子の深いきずなが生まれ、子供たちの多くは他国に嫁いだ後も、オーストラリアのために尽くすことを忘れなかったのです。

ほのかな恋心・・湖で出会った美しい青年騎士

宮殿の中の壁画を替えようということになりました。そして宮廷画家をよび、マリー・アントワネットの希望した湖の絵を描かせることになったのです。数人の宮廷画家がこの絵を描いているとき、身分の高い王女たちが作業場に入ることは許されませんでしたが、何かと言い訳をつけて隠れながら、そっと熱いまなざしで見守っていたのです。

その宮廷画家のひとり、長身で面長でダークブラウンの髪の持ち主こそが、湖のほとりで出会い、その微笑みを決して忘れることが出来なかった青年だったのです。あの人を見ていたいという気持ちを、どうにも抑えられないのです。

そんな姿を母のマリア・テレジアは気がついてこの世を終えるまで、自分の心から忘れ去ることはできませんでした。当時オーストラリア帝国をめぐる情勢は厳しいものでした。不安定な状態の中で、わがオーストラリアを諸外国から守られなければならない。領土は減らしてはいけない

そのため、自分が手塩にかけた娘たちの一人一人を政略結婚させなければなりませんでした。

子供たちの性質を考えて、マリア・テレジアは同盟関係を結んだフランスには、どの子がふさわしく、そしてフランスの政治を改革してくれるかを、怠らずに考えていました。そして不安を抱きつつも候補として選びだされたのが末娘マリー・アントワネットでした。

もしフランスから攻められるようになってしまえば、オーストラリアは次から次へと、ほかの国からねらわれる。その最も大切な国の一つであるフランスへ嫁がせるのは、マリー・アントワネット以外にはないだろう・・こう考えたのです。

ある日マリア・テレジアはが考え抜いたアイデアを実行する日がやってきました。自分の部屋にマリー・アントワネットを呼び、こう告げたのです。

アントワネット、あなたがフランスのブルボン王家にお嫁に行くことは、このオーストラリアを守ることなのです。ベルサイユからも正式な申し込みがきました。あなたはそこに嫁ぎなさい。

母を信頼して生きてきたマリー・アントワネットにとってその言葉は絶対的なものであり、何の疑いも持ちませんでした。その時、マリー・アントワネットがフランスの地で後年、悲惨なギロチン台に登ることになると予測させるようになるものは何ひとつありませんでした。

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