怖い話

怖い話・死者の告白・30人に憑依された女性の記録~奥野修司さんの本

今本屋さんにある本ですが、本当に怖い本です。30人に憑依された霊媒体質の女性の記録です。憑依された数の多さに驚くことと、人間の死に際の表現がほんとに怖いです。

それとともに死にたくて死んだわけではない人間の苦悩と哀れさが胸をうちます。この話は「高村英」さんという女性が東日本大震災をきっかけに、自分の中に死んだ人がつぎつぎとはいるようになって、その除霊をした住職の記録である。

「高村英」さんのそれ以前のふつうの生活は、子供のころから友達の家にいくと、お友達のおねえちゃんが入って一緒に遊んでそのことを、親に報告すると「あの家はおねえちゃんはいないはずよ・・」といわれる。じゃあ、あのおねえちゃんは誰だろう?とおもっていました。

小学校の時、一緒に話をしていた友達から「英ちゃん、もうこんな話(スピリチュアルな話)はやめようといわれました。その友達も私と同じものを見ていたと思っていたのですが・・それから人前でこんな話はしなくなりました。他の人には見えないのに私だけには見える人がいるというのは小さいころから、ごく普通のことでした。

それも死んでいるとはわからないほどリアルでしたから、見分けがつかないほどでした。しょちゅう心霊現象にあうので、面倒くさいと思ったことはよくありました。妹がカラオケボックスに言って怖い思いをしたと帰ってきたとき、妹の横に女の人がいるのが見えたので言うと「なんでわかるの?」と言われて「だって連れてきてるじゃない?」というと母にものすごく怒られました。それから言わなくなりました。

当時は生きている人か死んでいる人か見分けられませんでした。レンタルビデオ店にいくと、すれ違った人が連れていた霊を、拾ってしまうことがよくありました。だからと言って影響はなかったし、あの頃は我流ながらコントロールできていたのでリスキーなことでもなかったのです。当時の「高村英さん」には普通の生活でした。

当時の私にとっては「今日は日が悪いから学校に行きたくないから、この時間帯に歩くと良くないから30分ほど時間をずらそうとかのほうが重要でした。

日が悪いと感じたのに対策を取らないと、必ず凶事に見舞われました。場合によってはそれは死につながりかねないことでした。避けられない日もありますが万全の備えででかけます。絶対にダメな日と言うのもありますが、そういうときは、学校もさぼりましたね。

私の周りにいた亡くなった方は、悪さをするわけではないので普通に共同生活をしていました。

状況が変わったのは、高校時代に父がガンで亡くなってからです。父は特に信心深い人ではありませんがたぶん神様に愛されていたのです。この場合神様というのは「神だなにいて見えているけれど名前のわからないもの」です。座敷童のようなものでしょうか・・

それまでは周りにたくさんの霊がいてもコントロールできていたので何も問題はなかったのに、父の死をきっかけにしてしだいにコントロールが難しくなってきました。やがてこれが大暴走につながるとは・・・

あれは初七日を過ぎたころです。亡くなった霊にも怖い霊がいると初めて知ったのです。学校帰りの暗い道を一人で歩いていた時、私のお腹から女性の顔がでていたことです。顔が生えたように飛び出し、こっちを向いていたのです。あわてて母に迎えに来てもらいました。父が亡くなってからは、こんなことがしばしば起こるようになりました。

そのあと高校を出て看護師になりました。その3年後東日本大震災がおこりました。職場のラジオから仙台の荒浜に200人から300人の遺体が上がったというニュースが流れて、それを聞いた瞬間、震災関連の情報はすべてシャットアウトしようと決めました。

テレビやラジオで見たり聞いたりしても、霊を拾ってしまうのです。

その時働いていた介護施設で、朝は利用者様を玄関でむかえるのですが、その中には利用者三じゃない人も何人か混ざっているのです。その施設で、私の足元を300匹ほどの蛇がすりぬけていくのがみえたのです。なんらかの凶事の予兆です。子供頃からそうでしたが、この時は何も起こりませんでした。

https://manablog.org/

師匠のblogです

https://ryutablog.com/

りゅうたさんのblogです

https://ogawamari77.jimdofree.com/

お小川茉莉のホームページより占いを受け付けております。お問い合わせもお気軽にどうぞ