怖い話

怖い話・漫画家・つのだじろうさん~ただよう霊があなたのまわりにいる・念力

リングの貞子のモデルは実在した!光を使わず、超能力者の念で写真をうつす念写。

「念写」という超常現象が存在することを世界で初めて明らかにしたのは、とうじ東大心理学教授の福来友吉博士でかれは明治43年に、四国の長尾郁子という超能力者の透視能力の実験中に、ぐうぜん彼女に「念写」の能力があることをはっけんしました。

この長尾郁子という女性をはじめとして、この時期、福来友吉博士の実験に協力した三人の女性が「リング」貞子のモデルだといわれています。福来博士は慎重な実験をおこなったのち、新しいエネルギーが存在するのを発表したのですが「そんなバカなことがあるはずない!」周囲の人たちの激しい反対にあいます。

そこで明治の44年1月に四国の長尾邸で、対決実験が行われました。1月4日、第一回目の実験は、ものものしい雰囲気の中で行われたと言います。反対派の物理学者たちの、ありとあらゆる厳重なチェックのなかで長尾夫人は提出課題の「川」という字を鮮やかに念写し、実験は成功。

しかし1月8日、第2回目の実験の時・・長尾夫人はぜんかいと同様、写真の乾板(フィルム)をいれたボール箱をもった反対派の人々と向かい合って座り、念を入れ始めたのですが1分ほどで目を開き、「実験はやめましょう。いくら鍵の字を念写しようとしても、そのボール箱の中には乾板はみあたりません。」といいました。

あわてて調べてみると彼女のいうとうりボール箱の中にはかんじんの乾板が入っていませんでした。これは準備をした反対派の重大なミスです。しかし彼女の言い当てた「鍵」という字はまさしく用意されていた文字だったのです。

ここから長尾夫人と福来博士の悲劇が始まります。東京に帰った反対派の人たちが、自分たちのミスを棚に上げて「念写」はインチキだったと、一方的に発表してしまい、新聞が「念写はトリックだった」と書き立ててしまいました。

気の毒にも世間からごうごうたる非難をあびた長尾夫人は、精神的苦痛のため、その年の3月になくなりました。福来教授もインチキの汚名を着せられたまま、東大を辞めざるを得なくなり、それ以来、日本には心霊科学はタブーという風潮ができてしまったのです。

無視し続けた「念写」の存在。

福来博士は御船千鶴子という熊本の女性とも、透視実験をおこなっています。ただ彼女は精神集中のために、透視をするさい、一人で部屋にこもることが必要でした。しかし、実験を公正なものとするためには、人前で透視しなければいけない。

彼女はそのストレスのために自殺の道を選んでしまうのです。また福来博士はまた、高橋貞子という霊能者とも念写実験を行っています。彼女は自分についた霊に従って実験をこころみて見事に、「金日政」の文字を透視することに成功しました。

しかし福来博士の研究は、日本では無視され続けました。彼は次のような言葉を残しています。「たとえ、多くの学者に反対され続けようと、私は断言する。透視は事実であり、念写も又事実である。」彼もまた悲劇の人だったのです。

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