怖い話

怖い話・つのだじろうさん~うしろの百太郎・心霊研究・幽界

幽界とは

人間が死んで魂の緒から離れた「幽体」が修行に入る小学校と考えるばわかりやすいだろう。だがその死に方によっては同じ幽界でも行く場所が違ってくる。

「正常死」の場合 魂の緒がきれると、幽体は頭のほうから肉体を離れ始め、死後5時間くらいで肉体の上に浮かぶ。その「幽体」を数人の先祖の霊が幽界に運んでいくわけだが、その安置される場所はその人間がうまれてから死ぬまでに、考えたり行動したりした思想や、行動のプラス、マイナスの通算によって「神の審判」がくだる。ものさしはあくまでも神のさだめる善悪だ。

現界で総理大臣や大富豪として成功したとしたから偉いなどというのは現界の尺度であって幽界では通用しない。人間として立派に生きてきたというモノサシ・・つまり、幽界に入る条件は、善行と悪行プラス、マイナス、ゼロであることのようだ。

生前に霊界を正しく理解し、正しい宗教の戒律を守って修行していた人間は、幽界のエリートコースで修行できると考えてよいだろう。しかし霊の存在を信じない人は、死後も自分が死んだということがわからず、自分が死んだことを悟るまで幽界をさまようことになる。

その間、守護霊や指導霊が悟りを開けるように仕向けるのであるが、限界に執着の強い霊魂は幽界を10年も100年もさまよい続けるようになってしまう。そしてこのように迷い、悩み、苦しみ、悲しんでいる霊の弱い心は「悪の霊団」のかっこうの餌食となり誘いにのせられ、利用されて堕落の道をえらんでしまう。

これが「浮遊霊」とか「憑依霊」などと呼ばれる因縁霊のたぐいである。人間にわざわいを及ぼしてくるのは、これらの霊なのだ。

「自殺の場合」 自殺は受験にしろ、失恋にしろ、その原因がどんなものであっても自分の意志どうりにならないことを恨み、また復讐の念をもち、自分が死ぬことによって誰かに同じ苦しみをあたえようとする卑劣な死に方である。

そのため幽界に入ることができず、いろいろな苦しみを与えられるのである。その苦しみから解放され、正常死の人間のいく幽界にたどり着くまでには、数百年の歳月がすぎるといわれている。したがって自殺者は決して、迷わず成仏することはできないのだ。

よく人生に絶望して「自殺したほうが楽だ」と考える人がいるが、これなどまさしく人間の浅知恵で自分から地獄へ飛び込む行為だといってよかろう。また事故死や心中・殺人で殺されて場合にも「地縛霊」や「憑依霊」になってしまうケースが多い。このような不幸なかたちで肉親や愛する人がなくなったときには、「なぜ死んだ・・もっと生きていてくれれば・・」と惜しんではいけない。

なぜなら現界の人間の念が、霊魂自身に現界への執着を強めさせ、そのため迷って幽界に行けず「浮遊霊」にしてしまうからだ。したがってどんなに愛する人が亡くなったとしても「早く幽界にいって成仏してくれるように」と祈ることだ。それが霊魂をはやく幽界に生かせる助けになる。

幽界にはいろいろな幽体がいる。その幽体が優れた霊になるための修行の場であることを知っておいてほしい。

霊界とは‥幽界での修行を終えた高級霊が住む世界である。もちろん高級霊になっても修行は続けるが、この世界には神界に近い高級霊から、霊界に入りたての新米までピンからキリまでいる。

そしてその霊格によって「守護霊」や「指導霊」となって幽界の霊から人間ひとりひとりにつき、護り指導しているのである。つまりどんな人間にも大勢な霊たちが「背後霊」として憑いているということである。

ただ生まれつき非常に霊格の高い守護霊を持っている人は、運の強い人生をおくることができるし、その反対に霊格の低い守護霊を持った人は不運な人生を送る確率が高くなるといえそうだ。

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