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怖い話・京都の霊能者・皆本幹夫さん~背後霊は薄情にも人生を狂わせる

Contents
  1. まず背後霊を区別して、「支配霊」「指導霊」「動物霊」にわける。肉体人間を生涯通じてあやつり、プラス・マイナス両面の働きをするのが背後霊の特徴である。それに背後霊は守護霊と違って、実に薄情極まりない存在である。
  2. 随分昔の話だが、まだ霊感がなかったころ、強烈に思い悩み拝み屋さんを訪ねたことがある。
  3. ただの背後霊が神として奉られたらどうなるだろうか?思い上がって全く自分が神のつもりになり、霊幽界を無茶苦茶に引っ掻き回す。
  4. ところで今まではマイナス面の背後霊だが、プラスの背後霊はもちろんプラスの背後霊も多い。ただし、憑いたり離れたりする。
  5. 親分子分がある背後霊。背後霊は多数存在し、時には一人の人間に十霊ほども背後霊がいるといったが、その中にかならずリーダーがいるものだ。人霊・動物霊おかまいなしに、他の霊を自分の従属霊としている。先祖霊がリーダーなら、被害はより少ないのだろう。
  6. 背後霊の先祖でも、いたましく自分の子孫を見つめるよりほかに、方法がないようだ。そして守護霊といえども、すぐには手を差し伸べられない掟がある。とにかく、背後霊は人生を狂わせるばかりか薄情である。
  7. 正統霊とは何かを知るためには、この反対霊をあげると、わかりやすいかもしれない。失業霊・浮浪霊・乞食霊がそれである。
  8. プラスの背後霊をまねき、いかにして終生の背後霊として活躍してもらうか。繰り返すがマイナスの背後霊を寄せ付けぬように心を集め、プラス霊の霊力をいつでも、受け入れられるように、常に平常心で生活をする。

まず背後霊を区別して、「支配霊」「指導霊」「動物霊」にわける。肉体人間を生涯通じてあやつり、プラス・マイナス両面の働きをするのが背後霊の特徴である。それに背後霊は守護霊と違って、実に薄情極まりない存在である。

薄情とか厚情とかでみれば、同じ背後霊でも先祖が操っている場合は、厚情に御の字がつくかとおもえば、また一方では冷たいマイナス面がある。一概には喜べず、また一概には憎めない存在である。

しかし先祖霊なら子を思う親心的存在の割合が多いのは確かだ。逆に背後霊が先祖霊以外の、いわゆる他人霊であって、それが支配・指導する場合になると、ことはもっと大変だと思う。好意的な面はグッとへる。

そしてこれが動物霊ともなると、分別もなくのしかかってくると覚悟すべし。動物霊が大芝居を打つときは、肉体人間には非惨劇、茶番劇の種が尽きるときがない。脚本もかけば演出もするし、監督・俳優・観客でもあるというほどの悲しい働きをする。肉体人間なら間違いなく、ぶっ倒れるだろう。

尋常でない背後霊の特徴のもう一つは、それは一人に一霊ならば、まだ助かりはするが十霊、またはそれ以上も背後霊があなたと仲良しになることがある。もうこうなると天寿は全うできないのではないだろうか。

支配霊の目的はいったい何なのだろうか。肉体を占領して霊自身が肉体をあやつり、自分の目的を達成しようとする。がむしゃらに肉体を酷使し、人体の被る災害、病気などを全然考えない面がある。

指導霊とは肉体人間が何かを願望した場合、その信心的祈願や欲望に加担する霊である。しかし、その願望達成のためには、願望主のこころの安定や健康は忘れてしまい、ガムシャラなので、やはり肉体を酷使する。

随分昔の話だが、まだ霊感がなかったころ、強烈に思い悩み拝み屋さんを訪ねたことがある。

「あなたの背後には神さんが憑いている。竜神さんだ。このお方を守護神と祭っていけば成功する」ということであった。

有頂天になって、それからは心霊学の研究に没頭した。ところがそのうちに、その拝み屋さんが、守護霊も・守護神も・背後霊も、憑依霊もごちゃまぜにしているのに気が付いた。そしてそのとき私に言ったのが、背後霊であることがわかった。

いまさらに自分の馬鹿さかげんにあきれてものが言えなかった。よりによって龍神様がまもってくださるとは‥‥人間になかなかついてくれない神様が自分にはあるのだと信じて、その心の中であがめたてまったものだ。背後霊は苦笑いをしたものだろう。

ただの背後霊が神として奉られたらどうなるだろうか?思い上がって全く自分が神のつもりになり、霊幽界を無茶苦茶に引っ掻き回す。

諸霊や人間たちに悪影響、迷惑をかける。折った側には、そのたたりが来るのがきまりである。私の場合も、障りたたりが続出して、今そのころの出来事をふりかえっても、寒気がする思いと砂をかむような無念さが消えない。

知人や関係のある人々にも、取り返しのつかない被害をおかけしたので、慚愧の思いが今なお消えないのである。私が勝手に思い違えたとはいえ、一念で持ってあがめ奉るので、相手もその念力に乗っかるのは当然のこと。

人間界でもおだてられることが日夜続けば、ついその気にもなる。「よし頼みを聞いてやろうということにもなる。背後霊が悪いわけでもないのだ。背後霊はその扱いをいったん間違えれば、自分がその子分として酷使されることも、あり得ると自覚してほしいものである。

ところで今まではマイナス面の背後霊だが、プラスの背後霊はもちろんプラスの背後霊も多い。ただし、憑いたり離れたりする。

一生涯憑いて離れない霊もいるどころか、死んで霊魂となってからも霊界生活を共有する霊もいるにはいるが、たいていそれはマイナス霊である。先祖ならばたしかに一般にはプラス面があるけれど、それも手放しでは喜べないものだ。

背後霊の意に背いて自分の行動をとると、叱責が容赦なく見舞うのはさけれれない。ここで背後霊のことを、もう少し詳しく検討しよう。

1、人体の性質・体質と背後霊の霊質は相似する。…二つの霊線が磁石のようにくっつく状態と考えてほしい。霊幽界と現界は別の空間だが、なんとなく気が合うというのがある。

2,二者の波長が合致したとき…肉体人間の喜怒哀楽と霊念とが、勝手にふれあってしまう。

3,現界のほうが祈願などで霊を迎えた。・・・仏壇・神棚・神社・・等から霊幽界と現界の交わるところから祈願して霊をいただいてかえる。これらのような特別な場所ではなくても、人が一つの目的とか、願望に固執すると似通った霊がとりついて背後霊になると言われている。

4、霊側からして意図的に憑くなどを契機として、人間は背後霊に見込まれる。…執念の炎を燃やして背後に立つ。善だろうと悪だろうと、目的のために手段を選ばぬたぐいが多いために、これはもっとも恐ろしい背後霊と言える。多くは自分で専門的なテクニックを持った霊。またなにか得意とするものを持っている霊が多い。どちらかというと背後霊になる先祖の多くが、この一芸を持つ霊ではないだろうか。力があり守護霊に近い霊が多い。

言うまでもなく、背後霊になる霊はこの守護するものに、まわってくれるのがいちばんありがたい。我が魂を砕いてでも、子孫がやろうとしたことを応援したり、災難を防御してくれたり、指導してくれるからである。

親分子分がある背後霊。背後霊は多数存在し、時には一人の人間に十霊ほども背後霊がいるといったが、その中にかならずリーダーがいるものだ。人霊・動物霊おかまいなしに、他の霊を自分の従属霊としている。先祖霊がリーダーなら、被害はより少ないのだろう。

背後霊はなぜ複雑なのか、その理由を少し説明しよう。一つは背後霊にはもうひとつ背負う霊がいることだ。すなわち、背後霊は紐付きなのだ。そして、このひも付きのために、まるで心が二つあるようにみえるのである。

背後霊をあやつる主霊が、幾霊か存在するために、ますますこんがらがったことになる。背後霊をさらに操る霊や力関係がバランスを得ていれば、問題はないのだろうか?・・答えはノーである。

バランスが良かったとしても、背後霊は無理をさせる霊だ。本来なら望ましい努力でも、度が過ぎればマイナスの苦しみになる。ちょうど戦場で、土地が荒れようと自然が破壊しようと、おかまいなしに争い続けるように、それどころか人体が使い物にならなくなったら、さっさと退去するのが、普通のようだ。

背後霊の先祖でも、いたましく自分の子孫を見つめるよりほかに、方法がないようだ。そして守護霊といえども、すぐには手を差し伸べられない掟がある。とにかく、背後霊は人生を狂わせるばかりか薄情である。

社会的に失敗し、事業は倒産し、人々を傷つけ自分を中心にして争いやもめごと、病気までも背負い込むような霊をあなたは知らないだろうか。それこそが背後霊の犠牲者である。

背後霊は男女の仲を、わざと引き付け、いい加減なところで心変わりさせて、おもしろがるような真似もする。背後霊にとりつかれた人生は、まったくバランスが悪い。成功者にみえていても、一夜にして敗者になる。

とにかく人生で「落とし穴」とみれるものは、ほとんどが背後霊の働きである。背後霊の働きを弱め、なんとか自分なりの人生を取り戻す、幸福の道はないものだろうか。

いや救いは一つある。それは正統霊(神)とする背後霊。そして自分の守護霊との二霊に、すべてを依存する方法をとるのである。日夜自分の心気を安らかな状態になるように、自分自身で一人訓練をするべきである。

そうすれば、つとめずとも正統霊と直結の太いパイプができて、危機一髪での勝利が約束される。さきほど、霊界には曲げられない厳しい掟があるといったが、じつは人間の心の状態こそが、霊幽界との円満な交際では絶対に望まれる。これなしには、どんな守護霊も霊幽界では身動きがつかないことを肝に銘じていただきたい。

正統霊とは何かを知るためには、この反対霊をあげると、わかりやすいかもしれない。失業霊・浮浪霊・乞食霊がそれである。

正統霊とは由緒正しい場所に籍をおいて、活躍する霊(神)なのである。したがって過誤や凶悪の行動は許されない。それにふれれば罰則が課せられる。そして一霊のみでなく、大きな力の中で霊界を生きているのが特徴であり、正統霊自身も霊格の向上に励んでいる。

身辺にいくら風が吹いても、常に淡々とした心境であれば、神や仏に神経を使わなくとも、正統霊のはたらきで、不浄な背後霊は駆逐されて、将来かならず守護霊の働きがあらわれる。

要はいかにして、この正統霊を背後霊としてまねき、持てる霊気と身辺の雰囲気をプラスにするかである。人生の様々な出来事は、それだけで決まるものだ。マイナスの背後霊たちは、ここまであなたの心気がねられると「この者についていても仕方がない」として退去してしまう。

霊界の仕組みはじつに心憎い。結局はあなた自身に問題があることにもなる。肉体人間の心が淡々としていれば、霊界の働きはじつに爽やかで、活力も旺盛になるのだと私は信じている。

プラスの背後霊をまねき、いかにして終生の背後霊として活躍してもらうか。繰り返すがマイナスの背後霊を寄せ付けぬように心を集め、プラス霊の霊力をいつでも、受け入れられるように、常に平常心で生活をする。

その結果、拝まずとも祈らずとも、神仏はすくってくれるのである。淡々とした心境にくわえて、人間の努力があれば即、霊界はかうのである。ただ、この努力も絶対に執念であってはならない。

固執してはならない。そうしなければマイナス霊の虜となってしまう。24時間休みなしで、あなたを見守り、支配指導して、そして自分の魂が八つ裂きになってもかまわぬほどの、慈悲の努力をしてくれる正統な背後霊にこうして、こうして心からの感謝の意をささげるべきである。

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