怖い話

怖い話・京都の霊能者・皆本幹夫さん~あなたにも霊が憑いている

最近の研究では「幽霊をみる」いうことは脳のばずった状態で、ありえないことという研究結果がでたようです。そうなのかもしれませんが、「本物」は広い世界、あるのではないかと思います。視えるということは、マイノリティーなので、すべての人に同じようにみえるわけではないです。見えるという人のいうことは、それぞれです。それは、見えているものが違っていることもあるそうです。

テレビの演出は「怖く」ないと視聴率は取れないでしょうし、霊能者さんの能力も様々でしょう。イギリスなどは心霊研究はすすんでいるようなので、理解のある人も多いでしょう。日本は研究していた人がいましたが「偽物」と言われて不遇の結果になりました。

確かに万人が確認できるものではなく、トリックやコールドリーディングの入る余地もあるでしょう。興味を持って仕事を持ちながら、霊能者さんをライフワークとして取材している人もいます。霊能者さんの見る世界とは、どんなものでしょうか?

「あなたにも霊が憑いている」と、京都の霊能者、皆本幹夫さんは話を続けます。

憑依霊は守護霊・背後霊より数多くあなたの周りにいて、ごく日常的にあなたの生活をねらい、取り入るスキを伺っている。憑依霊は数が多いため、いつも限界の周辺をうろついていて、すぐにあなたと仲良しクラブになるからである。

憑依霊とは幽界にいて、徹底して人心にマイナスを及ぼす霊とされている。人間界に一番近い霊で、死んだことも気が付いていない霊がほとんどである。

売れっ子俳優に寄り添う憑依霊

元俳優さんで、以前はかなりの売れっ子で、映画やテレビで、よく見かけたが急にテレビにもでなくなった。そのころ、その俳優から相談を受けたそうです。「なぜ仕事が来なくなったのか・・その理由がわかりません。」という。

「そうですね。芸能界とのトラブルもみえないし、性格も敵を作る人柄でもなさそうですしね。」

「はい、敵をつくることは大嫌いですし、事なかれ主義でトラブルには神経を使ってきたつもりですが、最近はなぜか全体の雰囲気として、皆が私を避けているような気がしてなりません。」

話しているうちに、だんだんと霊視で見えてきたもの・・・

この俳優さんは多くの怪奇映画、怪談というか妖怪変化もののテレビや映画の主役を演じていた。妖怪変化を退治する類の役が多かったようである。

多くの俳優さんや女優さんにいえるのだが、自分が役をもらえば、その役に徹する。それが商売である。歴史上の人物、たとえば八百屋お七を演じるときは、その「お七の心霊」や、または「それに類する霊」が寄りかかって女優さんの未熟な演技力をカバーし、助成して「熱演」させるのだ。「乗り移った」演技のである。

一本の映画やテレビに出演したのを、きっかけに、たちまち芸能界でのし上がっていく俳優さんや女優さんがいる。これは意外にも背後にくる、「八百屋お七の霊」とか「それに似通った霊」が彼を応援し、次々に仕事を送ってくるのである。

役者さんが売れるとか、演技力がうというケースは「群霊」が背後に居座っている場合が非常に多い。ところが、背後にいる霊たちが離れてしまうと、ただの人どころか、逆に無残な人生になってしまう。

何らかの手段をとって、この種の背後霊を逃さないことが大事だが、売れている多くの俳優さんは、これを自分の演技力・実力・人気と勘違いしてるに違いない。長くとも4・5年もたつと、「あの俳優はどこへ行ったのだろう?」と、話題にもならなくなってしまうのである。

生涯をマイナスに過ごした霊ならば、やがて必ず、その役者さんの芸能生活も生活もマイナスの人生になってしまう。

もしプラス霊なら、役者さんの身辺から離散しないように、つねに手段方法をとっていれば役者として、人気の長命はありえる。

もし、マイナス霊で、マイナスの役柄ならば仕事が終わるたびごとに、丁重に霊をして身辺から離れてもらわなくては、公私ともに予想外の下降線をたどる。

しかし、見えているのは「説明のしょうがないほど、奇態な動物霊だ・・」いまだ、この世に現れていない自然霊に属するようだ。もと俳優のこの人は、妖怪変化の出演が多いので、こんな奇態の動物霊が寄りかかってしまったのだろう。

こうして幽体から憑依霊へと変化する

仏教説話では、人はなくなると、死出の装束を着せられて三途の川を渡り、閻魔帳によって生前の行いを判断されて、地獄送りか極楽往生かなることが決まっている。

しかし実際はどうなのだろうか?

どうも私の経験では、これは単に説話であるように思われる。死者は、死後突然に幽体となって、そのまま霊幽界に投げ出され、それが後々の現界とのコンタクトによって、そのまま幽界とどまるのか、あるいは霊界に落ち着くのかが、決定されると思う。

仏教では死後49日のあいだは死者の霊が現界に、とどまっているというが、私の知る限りでは、幽体の動きは死後日がたつにつれて、ますます行動の重みと、動きの範囲が大きくなり、地獄にもいかず極楽にもいかず、「それがそのまま憑依霊の始まりにつながる。

仏の働きがないということではなく何もなければ、平和な現界と幽界のつながりは、こんなものであるということである。だから、逆に現界から言うなれば私たちは自分の肉親の幽体、そして今までの縁のある人間や動物の幽体までもが、無数の世代の幽体が重なって私たちを、襲撃する状況におかれているのである。

死ねばなにもなくなるということが、あまりにも違っている

幽体とは生前の姿かたちのまま、肉体ではなく幽体だから、厚い壁でも水中でも通り抜けることができる。また、幽体が意志すれば、京都から東京までも、新幹線よりも早く、幽魂をとばすこともできる。

私の知る範囲では、死後80年もたっている幽魂が、いまだ霊界入りが出来なくて、脱皮しようとする気力もなくて、若い子に憑依している霊があった。その若い娘さんの私生活のみじめさは目をおおいたくなるのである。

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