予言・映画

映画・JFK~なぜ大統領は殺されたのか~一番近い真実?

1991年アメリカ映画 監督オリバー・ストーン 主演ケビン・コスナー
今のアメリカの状態をみていて、この映画を思い出した。
ケネディ暗殺当時のことは知らないけれど、大事件であったものだから、なんどもその後、映像はみることがありましたね。

犯人はでているが、そのオズワルドは暗殺を否定し、そのまま本人も暗殺されました。
謎の事件でした。

そのあと、マリリン・モンローの真実を語る、ジャーナリスト、アンソニー・サマーズの「女神・マリリン・モンロー」は解かりやすく、マリリン・モンローという人物を描いていて、装飾も、思い込みもない「人物」をえがいていました。

謎の死の全貌は、わかりませんが犯人はこの人と、想像はできました。死のまじかマリリン・モンローは、自宅の電話が「盗聴」されていると、おびえていました。マフィアなのか、ケネディと親交があったためなのか、謎の死をとげました。


映画JFKのあらすじ

抗議すべき時に沈黙するのは、卑怯者である‥テロップで始まるこの映画は、ケネディ暗殺事件のあとの、ニューオリンズ州の地方検事、ギャリソンがおこした、唯一の訴訟に至る出来事をえがいています。

1962年11月、ジョン・F・ケネディ上院議員は激戦の選挙に勝ちました。

ニクソン候補とはわずか10万票の差でした。美しく優雅な妻ジャクリーンと共に、ケネディは60年代の自由の象徴で、大きな変革を意味していました。

「女神」の本の中で、才気溢れるケネディがどんな人物だったか、垣間見ることができます。

当時、公民権運動は過熱し、キング牧師などが「人間は平等である」と訴えていました。ケネディは「世界の平和につくしたい」といいました。

でも、敵はそこらにいました。ケネディもマリリン・モンローもうかつ過ぎました。ケネディの父親・貪欲・ジョセフ・ケネディのカネもうけはマフィアの助けがありました。そして、息子を大統領にと望むようになりました。大統領になったジョン・F・ケネディは世界の平和をかかげます。弟のロバート・ケネディは「マフィア」取り締まりに厳しくなります。ケネディも派手な女性関係、マフィアとも気軽に付き合い、しかも愛人を共有していました。マリリン・モンローは精神の脆弱さゆえ、守ってくれる大統領との結婚を夢見ていました。

いつスキャンダルになって、大統領から追われてもおかしくない状態でした。

そして1962年8月5日にマリリン・モンローは死体で発見されます。

ケネディも1962年10月に、核戦争一歩手前のキューバ危機が勃発します。ベトナム戦争も真っ最中でした。ケネディの死後、ベトナム戦争は泥沼化していきます。

1963年11月22日12時30分、テキサス州ダラスに3発の銃声がひびき、第35代大統領ケネディが暗殺されるという事件がおきました

暗殺後2時間もたたないうちにリー・ハーバー・オズワルドが大統領暗殺犯として逮捕されました。オズワルドは無罪を主張しますが、護送される途中ナイトクラブの経営者、ジャック・ルビーに射殺されてしまいます。

しかし、ニューオリンズ州の地方検事ジム・ギャルソンは疑問をいだきます。大統領になったジョンソンがウォーレン調査委員会を発足させますが、オズワルドの単独犯行としました。その3年後、オズワルドは海兵隊で射撃が下手だったこと。そんな彼がたったの6秒間で3発も打っていて、3発目で大統領をうちぬいたこと。その最後の銃弾は迷走して、ケネディと知事に7回命中したことを知ります。それはまさに魔術でした。「オズワルドはおとりだ!」疑念をふかめたギャリソンは、ウォーレン委員会の証言記録をなんども読み直しますが、矛盾や疑問をあらたにしてしまいます。ついにギャリソンは、スタッフと改めて大統領暗殺について、ひそかに捜査を開始します。そしてギャリソンたちは、目撃者や関係者たちに聞き込みをしていきます。目撃者の中で自分の証言がかえられていて驚いた人もいました。そして、実際にオズワルドが使ったライフルで実証実験をおこないます。教科書倉庫からライフルを構えて実験しましたが、再現することはできませんでした。

犯行の土台がくずれている。「彼は撃っていない」調べれば調べるほど、謎は深まっていきます。やがてギャリソンは、軍の極秘任務でキューバ侵攻のゲリラ作戦を進めていた元FBI捜査官ガイ・バニスターやフェリーたちが暗殺を謀っていたこと、その首謀者が実業家のクレー・ショーであることを、つきとめました。

しかし捜査が真相にちかづくにつれて、身の回りに不穏な空気が流れ始めます

ギャリソンのオフィスから盗聴器が発見され、有力な証人の一人であったフェリーが何者かに暗殺されました。マスコミのバッシングや政府からの脅しがはじまり妻や子供たちとの私生活にも危機がせまりました。

私財を投じて真相を究明しようとしたギャリソンも苦悩しますそんなある日、Xと名乗る大佐がギャリソンの前にあらわれます。「思ったより君は近づいている。君に話すことは極秘事項だ。」

裏側の情報戦略を担当していたというXは、ケネディ暗殺が軍、FBI.CIA、そしてジョンソン大統領をもまきこんだクーデターであると語りました。

「信じられない!政策を変えるために殺したとは・・」「この暗殺を告発できるのは、君だけなんだよ。君は国家の安全保障に対して、脅威なんだよ。後には引けない。逮捕して波乱を起こせ。この暗殺を告発できるのは君だけだ。

疑問を持つ大衆の心に火をつけるんだ!大衆は心の底で真実を求めている。真実は君の側にある。」

Xの言葉を聞き、ギャルソンはついにクレー・ショーを暗殺共謀罪で逮捕、告訴しました。

裁判に向けギャルソンはスタッフと共に、準備をはじめました。そんなある日、ギャルソンはテレビで信じがたい光景を目の当たりにしました。

ケネディ元大統領の弟が凶弾に倒れたのです。

アメリカ大統領選の、民主党予備選挙を戦っていたロバートは、対立候補であるユージーン・マッカーサーを押さえ当選確実とされていた最中の暗殺でした。

裁判が始まりました。いろいろな証拠を並べ「国家機密の名目なら基本的人権をうばってもいい?栄えれば反逆とはいえない?それはファシズムです。愛国者は自分の国を守るべき。世界に示すのです。「人民の人民のための人民による政府があることを」ギャルソンは陪審員にアメリカの正義を訴えました。しかし、クレー・ショーは無罪に終わりました。

1979年クレー・ショーをCIAの一員と認めましたが、彼は74年に亡くなりました。その遺体は検死もゆるされませんでした。

78年ギャリソンは上訴裁判所の判事に選出。88年に再選されました。現在まで彼はケネディ大統領の唯一の公的訴求者です。

76年から79年の議会の調査で陰謀の可能性を、発見しますが司法省は動いていません。暗殺事件の資料は2029年まで公開禁止です。

「過去の事件はプロローグである」

「この作品を真実を探求する若者にささげる」

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